みらいわブログ 2020年9月号

「心ふるえる詩」
~金子みすゞの詩を読まれたことはありますか?(第2回)

1 はじめに
 皆様、こんにちは。弁護士篠木潔です。
さて、前回のブログでは、私と金子みすゞの出会いについてお話しました。
今回は、金子みすゞの詩集の中で私が大好きな詩をいくつかご紹介させていただきますね。

2 皆様はどの詩がお好きですか?
私は好きな詩が多くて選ぶのに苦労するのですが(笑)、以下の詩はいつ見ても心がふるえます。これらの中で私が一番好きな詩は・・・・。??
これは最後に申しましょう。
皆様も以下の詩の中から最も好きな詩を一つだけ選んでみてください。

【蜂と神さま】
蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。

そうして、そうして、神さまは、
小っちゃな蜂のなかに。

~とてもスケールが大きく宗教観・宇宙観を漂わせる詩です。その最大スケールの神様を、一挙に小っちゃな蜂の命へと返していく跳躍と着地が実にみごとです。「そうして、そうして」と間をとり、主語の「神様は」をわざと行の一番下にもってきて、最後は小さな蜂だけで締めくくる。こうすれば、どんなに小さな生き物の命にも神が宿っていることを上手に伝えることができますね。小っちゃな蜂の中にも神様がしっかりといらっしゃる。それで勇気や安心感が出てきますし、また、だからこそ簡単に壊れてしまいそうな小っちゃな命をも大切しなくちゃという思いが出てきます。これが金子みすゞのメッセージなのかもしれませんね。~

【積もった雪】
上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしていて。

下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。

中の雪
さみしかろな。
空も地面もみえないで。

~積もった雪を擬人化して3つの部分に分け、その気持ちを思いやる着想がおもしろいです。「上の雪」と「下の雪」のつらい気持ちは何となく理解できます。しかし、真ん中だから寒くないし重くもないので良さそうだと思われる「中の雪」が、そんな気持ちを抱いているだなんて思いもよりませんでした。世の中には私達の気づかない悲しみやつらさがたくさんあるのでしょうね。それを思いやる力が果たして自分にあるのでしょうか。ふとそう思わせてくれる詩ですね。雪を見るといつもこの詩を思い出します。~

【私と小鳥と鈴と】
私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

~この詩は小学校の国語の教科書にも載っている有名な詩です。一人ひとりの個性や違いを大切にするとともに、誰もがかけがえのない存在であるという、ゆるぎない確信が最後の行に表れています。短く生き抜いたみすゞの確信でしょう。それも「人」を超えて「みんなちがって、みんないい」と言い切っているところが気持ち良いです。なんてことないフレーズですが、とても力強く説得力がありますよね。
また、最後から2行目と題名とを見比べてみてください。私は最後から2行目の「鈴と、小鳥と、それから私」が題名の「私と小鳥と鈴と」と順番と逆になっているところも好きです。みすゞはどうしてそのようにしたのでしょうね? みすゞに尋ねてみたいです。~

【露】
誰にもいわずにおきましょう。

朝のお庭のすみっこで、
花がほろりと泣いたこと。

もしも噂がひろがって
蜂のお耳へはいったら、

わるいことでもしたように、
蜜をかえしに行くでしょう。

~なんとも可愛いみずみずしい詩ではありませんか。おとぎ話の世界です。ほろりとこぼれ落ちた露は花の涙なのでしょう。わるいことでもしたように、蜜を返しにいくであろう蜂も優しいし、誰にも言わずにおきましょうというまなざしも温かい。身近な庭の隅っこに、誰も知らないこのように気遣う世界があるのですね。それを七五調の優しい音律で教えてくれています。わずか6行の詩ですが、みすゞの優しいまなざしに涙が出そうです。この「露」は私が一番大好きな詩です。

皆さまはどの詩がお好きでしたか?
皆さまもぜひ金子みすゞの「詩集」を手にしてみてください。みすゞは様々な対象をモチーフに、雰囲気も変えていろんなことを私たちに伝えようとしてくれています。このため、同じ詩でもその時々で私たちの感じ方や詩の味わいが異なる場合もあります。それゆえ、みすゞの詩は大切なことをたくさんたくさん教えてくれますよ。
詩や歌は静かに私たちを支える力になってくれます。

私は、こんなに素晴らしい詩を書く金子みすゞに一度会ってみたかったです。

弁護士篠木潔

(詩の出典「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より)

みらいわブログ 2020年8月号

「心ふるえる詩」
~金子みすゞの詩を読まれたことはありますか?(第1回)

1 はじめに
 皆様、お元気ですか。弁護士篠木潔です。
新型コロナはなかなか収束せず、社会は第2波のおそれにおののき、そんな中、豪雨災害も相次ぎ、さらに夏の暑さで熱中症への対策も必要です。皆様も、くれぐれもお体ご自愛くださいませ。

2 金子みすゞの詩との出会い
さて、これから私の大好きな詩人の話をさせていただきます。
皆さまは、金子みすゞの詩を読まれたことはありますか? 東日本大震災の後、「こだまでしょうか」という詩がテレビで流れていたのでご存知の方も多いかと思います。「私と小鳥と鈴と」は小学校の教科書にも取り上げられましたね。
私は金子みすゞが大好きです。彼女の詩は私の心の原点であり戒めともなっており、彼女に深く感謝しています。
私は今年で弁護士歴23年ですが、弁護士になって5年目が経過した頃、私は法的知識を駆使して事件を迅速に解決できる優秀な?弁護士となり、周囲からも先生先生と持ち上げられ少し傲慢になっていました。人間の欲や欺瞞が渦巻く日常紛争業務の中で私の心も殺伐としていました。多くの依頼者の方にも様々な苦悩や悲しみがあるにもかかわらず、それに全く配慮することなく上から目線で「事件」の「処理」にあけくれ、勝訴を自慢していました(このためか私はこれまで裁判で3回しか負けたことがありません)。
そんな折、私は出張先で時間つぶしに立ち寄った本屋さんで、ある詩集が目に留まり何気なく手に取ったのです。それが金子みすゞの童謡集でした。そして、帰りの新幹線の中でその詩集を読んで強い衝撃を受けました。それは「大漁」という詩でした。

3 何万の鰮(いわし)のとむらい
 大漁
朝焼小焼だ
大漁だ。
大羽鰮の
大漁だ。

浜はまつりの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう。

浜で大賑わいの人間様の知らないところで、なんと、何万のいわしのお葬式が行われているというのです。誰かの幸せの陰で見過ごされがちな小さな命の悲しみに思いを寄せた詩です。それをわずかな行数と子供でも分かる簡単な言葉で表現しています。見えないけれども確かに存在する弱いものへの直観力と慈愛に満ちたまなざし、そして浜から一気に水面下へと視点を移して対照化する力強さが好きです。
列車の中で一時の安息のため、心が無防備だったのでしょうか。私はわずか十行のこの詩を読んで、涙がポロポロとこぼれてきて止まらないのです。私の割り切った弁護士活動の中で傷ついた関係者の方も大勢いらっしゃっただろうと深く反省しました。そして私も金子みすゞと同じような目と心を持ちたいと思いました。
そうして手に取った童謡集を読み進める中で私がもっと驚いたのは、そんな慈愛に満ちたこの詩人が、当時「若き童謡詩人の巨星」と称賛されながらも半世紀にわたってその詩が埋もれていたこと、そして夫に詩作を禁止され不遇な人生を過ごし26歳の若さで自死してしまったということです。
何ということだろう。こんなに素敵な詩を書ける人なのにどうして?? やりきれなさで心がふるえました。
私はそれ以来、何かあるとみすゞの詩集に触れています。つらいことがあったとき、傲慢になりそうなとき、仕事に疲れたときなど様々です。毎年正月にも必ず読むようにしています。それは新年の自分への戒めのためと大好きなみすゞと会話をしたいと思うからです。
この「大漁」の詩が私の出発点となりました。

いかがですか? よくもまあ、こんな優しく素敵な詩が書けるものだとつくづく感心いたします。皆さまもぜひ金子みすゞの詩集を手にしてみてください。いろんな詩が載っていますよ。

次回ブログでは、金子みすゞの詩集の中で私が大好きな詩をいくつかご紹介いたしますね。                  (続く)

弁護士 篠木潔

(詩の出典「金子みすゞ童謡全集」(JULA出版局)より)

みらいわブログ 2019年6月号

「犬と猫」

一 心癒されるもの
 皆様、こんにちは。弁護士の篠木です。
 皆様はペットを飼われていますか?
 一口にペットと言っても犬、猫、ハムスター、メダカなど様々です。
 ペットは生き物に対する慈愛の心を育むだけでなく、家族も同然なので、とても心が癒されます。あるアンケートでは、多くの人が、ペットは「生活に喜びを与えてくれる大切な存在」、また「健康面や精神面、及び人と人とをつなぐコミュニケーションにおいても重要な存在である」と回答しています。
 ちなみに、平成30年度のある統計では、全国の犬と猫の飼育頭数(推計)は、犬が890万頭で猫が965万頭といずれも多く、犬猫が人間にとってどれほど必要な存在であるかが分かります。
 そんな中、私も猫を飼い始めました。猫種はスコティッシュフォールドといって耳が前に垂れている可愛い白猫です。私の希望の光になって欲しいのと、源氏物語の光源氏のように美しい雄猫になって欲しかったので、名前は「篠木光」君と名付けました。親バカならぬ猫バカですね(笑)。
 両手の掌で包むことのできた800グラムの子猫ちゃんは、わずか1年でなんと4キロにもなってしまいました。しかしそれでも光君はとても可愛く、私は日々癒されています。

二 皆様は犬派?それとも猫派?
 ここで質問ですが、皆様は犬と猫とではどちらの方がお好きですか?
 私は、以前は飼い主の命令をよく聞く従順な犬の方が好きでしたが、高校時代に初めて猫を飼って、一発で猫の魅力にとりつかれてしまいました。
 猫は人の命令に従いません。「お腹が空いたニャア」と体全体ですり寄ってくるかと思えば、気分が向かねばどんなに名前を呼んでも振り向きもしません。つれない態度ですよね。
ところが猫はシッポで様々な感情表現をしてくれます。シッポをまっすぐにピーンと立てて歩いている時は気分が良く自分を見て欲しいという証拠。驚いたときはシッポが3倍くらい太くなります。しっぽがせわしく右左に揺れている時は何? それは気分が悪かったり戸惑ったりして危険な目印です。
また、猫は大変綺麗好きで、食事の後はいつも時間をかけて丁寧に毛づくろいをします。犬とは違い体臭がほとんどないのは得点が高いです。
猫は高いところ、狭いところが大好きです。空き箱を置いてあげると、その中で丸くなって寝てしまう姿はほんとに可愛いです。
そうそうご存知ですか? 猫の体に私達の顔をうずめると「日なた」の香りがするんですよ。
また、猫は器用に手を使うことができます。いわゆる猫パンチのほか、両手で上手に玉を取りますし、水を手ですくって飲むことのできる猫ちゃんもいます。だから、異論はおありでしょうが、私は、サルと同じく手を使える猫の方が犬よりも実は賢いのではないかと思っております。
 自己の意思に反して人間に媚びることをせず、しかし人間社会に上手に溶け込んでいる猫族は、私は「さすがだニャア」と思います。

三 犬と猫の運命
 ところで皆さん、最近は以前のように野良犬を見かけなくなったと思いませんか? 私の子供の頃は至る所に野良犬がいて、恐ろしい目に遭うことも頻繁にあったのに。なぜ最近では野良犬を見かけなくなったのか?
 実はそれは各地方自治体が、狂犬病予防法や条例に基づき野良犬や飼主の不明な犬を捕獲し積極的に殺処分にしているからなのです。猫には狂犬病予防法のような法律がないため自治体が積極的に捕獲することはできません。だから野良猫が増えて逆に野良犬は減っているのだとばかり思っていました。そうだとしたら、犬族は可哀想だニャアと思いました。
 ところがよ~く調べてみると、なんとなんと殺処分にされている数は犬よりも猫の方が圧倒的に多いのです。これは猫派の私にとっては大変ショックでした。昨年12月に公表された環境省の平成29年度の殺処分の統計では、犬は約8300頭、猫はなんと3500頭でした。ちなみに平成25年度は犬が約2万9000頭、猫はなんと10万頭と驚くべき数字でした。どうしてこんなにたくさんの猫が殺処分にされているのでしょうか?
 それはいわゆる動物愛護法で、行政が犬猫の所有者や拾った者からその引取りを求められたときはこれを引き取る義務があり、この引き取られた犬猫が保健所や動物愛護センター等で処分されているからなのです。狂犬病予防法の対象外の猫たちであっても、決して油断のできない恐ろしい法律です。動物「愛護」法という名称なのに、殺処分を適法化する法律なんですね。とても驚きです。
 処分される犬猫の中には、飼い主が飼うことができずに、捨てたり保健所などに持ち込まれたりする例も多いようです。前述のように、人間はあんなにも犬猫を必要としていたはずなのに、人間と同じ「命」があるのに、人間様は本当に身勝手なものです。

四 高齢者とペット
 そんな中、近年では高齢者の方々がペットを飼う例が増えてきています。様々な不安を抱えることの多い高齢者の方にとっては、ペットを飼うことで「情緒が安定するようになった」「寂しがることが少なくなった」と感じられる方が多いそうです。ペットの癒し効果です。
 しかし一方で、ペットを飼育することで介護に支障を来たす例も出始めています。すなわち、身体の衰えや認知症のために在宅生活が困難となって施設に入所する必要があるにもかかわらず、「ペットと離れたくない」「ペットを一人おいていけない」と入所を拒まれるのです。
 それはそうでしょう。ご本人にとっては、ペットは家族なのですから。犬猫の寿命は十数年と長いので、飼い主の年齢次第では犬猫よりも先に亡くなられるという場合も少なくありません。だから、ご自分が施設に入ったら…、もし自分が死んでしまったら…と犬猫のことを心配されるのですよ。
 残念ながら現時点で犬猫と同居できる施設はめったにありませんが、今後は、余生を、心癒されながら過ごすためにも、ペットと同居できる施設が数多く増えるとうれしいですね。

 私は現在56歳ですので、光君が天寿を全うするころには、私はもう高齢者になっているかもしれません。それゆえ、私は光君をしっかりと看取るためにも健康に気をつけて弁護士の仕事をやっていこうと思います。
 そうしてこれからも光君と仲良く毎日を過ごし、私の希望の光となってくれた光君がとうとう天寿を全うした時は、きっと私は何日も何日も大泣きをしてしまうことでしょう。
                           おわり

弁護士 篠木潔

みらいわブログ 2018年5月号

「合理的配慮」という考え方をご存知ですか??

一 皆さまは次の事例は差別にあたると思われますか?
①ある旅館は、警報音が聞こえないと火災等の緊急時の避難誘導に支障をきたすことを理由に、耳が全く聞こえない方の宿泊を断っている。
②知的障害のあるAさんは市役所から届いた障害年金のパンフレットの漢字が読めないので、フリガナを付ける等もっと分かり易くして欲しいと求めたが、係員からそういうパンフレットは準備できていないと断られた。
 この二つの事例の違いは、①は障がい者であることに着目して不利益な取扱いをしているのに対し、②はそうではなく、単に障がい者が困っている状況に積極的には配慮ができていないというに過ぎない点です。
 例えば①の事例のように障がいを理由とする不利益な取り扱いが差別にあたるのは今や常識ですが、ここではさらにそれを超えて障がい者に対する積極的な配慮(ある意味「優遇」)をしないことで「差別」と同じことなってしまうのかということが問われています。
二 大きな転換をもたらす障害者差別解消法
 国連での障害者権利条約や我が国の障害者基本法の理念を具体化した「障害者差別解消法」(以下「本法」と言います)が、平成28年4月に施行されました。
本法では、行政機関や事業者に対し、その事業を行うに当たり、個々の場面において、障がい者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障がい者の権利利益を侵害することとならないよう社会的障壁の除去の実施について、必要かつ合理的な配慮(「合理的配慮」)を行うべきことを求めています(但し、事業者は努力義務にとどまる)。
 それゆえ、事例②で市役所がAさんの求めをそのまま放置していると法律違反になり「差別」にあたる可能性があります。
三 成長する「平等」「差別」の考え方
 本法によって実務的にも障がい者差別の考え方が大きく変わり、現在、行政機関や一般企業は従来とは異なる大きな対応を迫られています。
 その基になっている障害者権利条約の「障害」の考え方は、障がい者の日常社会生活に不利益や困難は、本人の心身の機能障害だけに起因するのではなく、むしろ社会における様々な障壁(環境)と相対することによって生ずるという考え方(社会モデル)です。
つまり周りの環境が適切に整備され他者が配慮すれば、心身の障がい
による不利益状態(障がい、差別)は解消されると考えるのです。
言われてみれば確かにそうですよね。
だから一定の場合に障がい者に合理的配慮をしないならば、なんと「差別」と同じなのだと考えることにしたのです。
 このように人類はここに至って「平等」や「差別」の考え方をさらに進化させました。
黒人差別が良くないことだと人類が気付いたのは、アメリカ合衆国大統領リンカーンの南北戦争の頃だし、日本人が女性差別は良くないことだと気付いたのは戦後になってからでした。
そしてようやく今、障がいは環境が生み出すという側面があり、障がい者に対して配慮しないことが、場合によって差別と同じことになると考えるようになったのです。
「基本的人権」は「生き物」だと言われることがありますが、基本的人権はどんどん成長しているのですね。

弁護士 篠木 潔