一 皆さんは「カスタマーハラスメント」という言葉をご存じですか?
1 カスタマーハラスメント(略して「カスハラ」)とは、顧客等による迷惑行為のことで、例えば以下のような行為です。
(時間拘束)
・一時間を超える長時間の拘束・居座り
・長時間の電話
(リピート型)
・頻繁に来店し、その度にクレームを行う
・度重なる電話
・複数部署にまたがる複数回のクレーム
(威圧的・差別的な言動)
・身体的な攻撃(暴行・傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
・個人の性別や性自認・性的志向や障害を理由に見下す言動を行う。
・大声、暴言で執拗に従業員等を責める
・店内で大きな声をあげて秩序を乱す
・大声での恫喝、罵声、暴言の繰り返し
(対応者の揚げ足取り)
・電話対応での揚げ足取り
・自らの要求を繰り返し、通らない場合は言葉尻を捉える
・同じ質問を繰り返し、対応のミスが出たところを責める
・当初の話からのすり替え、揚げ足取り、執拗な攻め立て
(脅迫型)
・脅迫的な言動、反社会的な言動
・物を壊す、殺すといった発言による脅し
・SNSやマスコミヘの暴露をほのめかした脅し
(権威型)
・優位な立場にいることを利用した暴言、特別扱いの要求
(SNSへの投稿)
・インターネット上の投稿(従業員の氏名公開)
・会社・社員の信用を毀損させる行為
(正当な理由のない過度な要求)
・言いがかりによる金銭要求
・私物(スマートフォン、PC等)の故障についての金銭要求
・遅延したことによる値下げ要求
・難癖をつけたキャンセル料の未払い、代金の返金要求
・入手困難な商品や実現困難なサービスの週剰要求
・制度上対応できないことへの要求
・契約内容を超えた過剰な要求
・土下座の要求
(セクハラ)
・特定の従業員へのつきまとい
・従業員へのわいせつ行為や盗撮
(その他)
・事務所(敷地内)への不法侵入
・正当な理由のない業務スペースヘの立ち入り
2 そして、厚労省は、次に述べる「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、「顧害等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています。
二 カスハラの現状はひどい!
では我が国におけるカスハラの状況はどのようなものでしょうか?
令和2年に厚労省が行った一般企業(約6500社)に対する大規模調査では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為の相談があった企業の割合は19.5%、労働者に対する調査でも迷惑行為を受けた経験のある者は15%に上り、かなり深刻です。
また、平成30年の介護施設・事業所に対する調査では、ハラスメントを受けた経験のある職員は、利用者からでは4~7割、家族等からでは1~3割に上りました。
この結果に厚労省は大変驚き、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf)や「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」(https://www.mhlw.go.jp/content/12305000/000947524.pdf)などを急ぎ作成したほどです。
このような実態は、公務員・一般企業の区別なく、またどの業種にも規模の大小の区別なく広がっているので、要注意です。
三 カスハラの問題点
このようなカスハラは以下のような点で大問題です。
1 そもそも刑事上の犯罪行為や民事上の不法行為である場合もある点です。
例えば、該当する犯罪類型としては、傷害罪(刑法204条)、傷害致死罪(刑法205条)、暴行罪(刑法208条)、逮捕・監禁罪(刑法220条)、脅迫罪(刑法222条)、強要罪(刑法223条)、名誉毀損罪(刑法230条)、侮辱罪(刑法231条)、不同意わいせつ罪(刑法176条)、不同意性交等罪(刑法177条)、窃盗罪(刑法235条)、欺詐罪(刑法246条)、横領罪(刑法252条)、恐喝罪(刑法249条)などがあげられ、単なる迷惑行為どころの話ではありません。
また、不法行為とは「故意又は過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害する行為」であり、これに該当すると、行為者は被害者に対する損害賠償責任が発生することになります(民法709条)。この損害の中には金銭的な損害だけでなく精神的苦痛に対する慰謝料なども含まれます。
このような犯罪行為や不法行為は社会の中で許して良いわけがありません。
2 次に問題なのは、従業員に過度に精神的ストレスを感じさせて職場環境を悪化させるとともに、通常の業務に支障が出るなど、企業や組織に金銭、時間、精神的な苦痛等、多大な損失を与える点です。
例えば、私が相談を受けた事案では、強度のカスハラを受けたせいでうつ病になってしまい、4年間も職場復帰ができず、しかもお互いの気持ちのズレから夫婦仲まで悪くなり離婚された方もいらっしゃいます。
このような問題点から、現在、法律で防止のために雇用管理上必要は措置を講じることことが義務になっている職場内でのセクハラやパワハラと同様に、カスハラについても、防止のために雇用管理上必要は措置を講じることが事業主に求められています(事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針〔令和2年厚生労働省告示第5号〕 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf )。
そして、国会でカスハラの防止策を全事業主に義務づけること等を内容とする労働施策総合推進法の改正法が令和7年6月4日に可決・成立されました。この法律は令和8年中に施行される予定です。
3 さらに気を付けなければならないのは、カスハラ防止のために雇用管理上必要は措置を講じる義務だけでなく、事業主にはそもそも従業員に対する安全配慮義務(労働契約法5条)がある点です。
それゆえ、事業主のカスハラ防止対策や相談体制の構築などが不十分であった場合は、それがために従業員がカスハラによって権利・利益を侵害されたときには、事業主はその従業員から義務違反に基づく損害賠償責任を追及される恐れがあるのです。これも恐ろしいですね。
したがって、事業主にとっては、カスハラ対策や相談体制の構築は待ったなしの課題と言えます。
4 では、事業主はカスハラ防止や従業員を守るためには、どのような措置を講じれば良いのでしょうか?
これについては、そのポイントを来月のブログでご紹介いたしますね!
以上
弁護士法人翼・篠木法律事務所
弁護士 篠木 潔